平成25年度第4回志塾「伊勢神宮早朝参拝」 | 再生日本21


平成25年度第4回志塾「伊勢神宮早朝参拝」

9/17(火)、平成25年度第4回志塾として、
「伊勢神宮早朝参拝」 を行ないました。

稻田は台風直撃が報じられる15日の夜行バスで伊勢に向かいました。
翌16日早朝、伊勢に到着すると、傘など全く役に立たない暴風雨。
「よく着いたな」と運転手さんに感謝です。
(中央道経由だったから行けたのかも)

16日東京を発つメンバーに連絡するも、
どうも新幹線が途中で止まっていて、
行けそうにないとの声……。
しかし! 
良いことをするんだから
神様も道を開いてくれたのでしょう。
ギリギリのタイミングで新幹線が動き出し、
(1名を除いて)
無事「神宮会館」の夕食時間にぴったり間に合うように到着できたのでした。

16日朝、外宮にて小林さん。朝はまだ雨でした

16日朝、外宮にて小林さん。朝はまだ雨でした

16日は朝こそ暴風雨だったものの、
10時くらいからは台風一過で、しかも暑くもない快適な天気に。
先着組はレンタカーを借りて、16日丸一日かけて、
外宮・せんぐう館・農業館等三博物館・御塩殿神社・御塩浜・御園、そして神宮神田と、
欲張りに回りました。
翌17日は「神宮会館」の支配人さんのご案内していただいての早朝参拝。
これについては、多くの方の感想に書かれていますので、
そちらに譲りたいと思います。

欲張った甲斐もあって、
“神宮”を実感しました。
神宮は一般の神社仏閣とは別次元の世界でした。
神宮があれば日本は滅びないと強く感じました。

その理由は二つ。
一つは、神宮では古代からの自給自足を、今に伝え守っているということ。
米など全ての食べ物はもちろん、火(木から起こしています)や塩、衣服に至るまで、
神宮では自給自足しているのです。
そこには自然の中で自然と共に生きる先人たちの知恵が今も生きています。
また、お社だけではなく全ての調度品も全く同じものに作り直す式年遷宮は、
古代からの住いと工芸の知恵・伝統をつないでいくものです。
一つひとつがそれはすごい知恵であり、技術です。
私が作った下手な五七五です。

 神宮に日本文化のすべてあり

二つ目は、神宮には100以上のお社がありますが、
基本的に自分の個人の願望を祈願するところではないということです。
太陽・土・水・風・塩等々の恵みに感謝する、
生かしていただいていることに感謝する、
それが神宮のお社でした。
神宮にはそういう気が満ちています。
もう一つ下手な五七五です。

 御塩殿ただ御塩のため祀られり
 
今年中に、大学生の息子とともに、もう一度参拝する予定です。

(稻田雅彦)

御塩殿神社と高見さん・小林さん。ただ御塩の恵みに感謝するためのお社です

御塩殿神社と高見さん・小林さん。ただ御塩の恵みに感謝するためのお社です

参加者感想(一部のみ抜粋)

厳かな聖地

伊勢神宮は、厳かな聖地でした。
9月15日、台風が接近している中、伊勢市へ向かい、
朝方、新幹線の運転見合わせが1時間くらいあったものの2時前に無事着いたので、
早速外宮へ参拝に行きました。
そこで感じたのが、冒頭の感想です。
天候のせいか、参拝する人が少なく、心静かに参拝することができました。

その夜から、台風接近により天気は大荒れとなり、
翌16日の朝になってもJR紀勢本線は運行停止、
近鉄は大阪ー鳥羽間については遅れながらも運行しているとのことなので、
松阪駅に向かい(松阪のホテルに泊まったので)、
運よく鳥羽行きに乗れ、伊勢市に向かいました。

伊勢市では、稻田さん・小林さんと合流し、
レンタカーで博物館や御塩殿、神宮神田など広範囲に訪れることができました。
レンタカー様様です。

いよいよ、17日。
前夜の飲みすぎで若干体調不良の中、神宮会館の支配人さんのご案内で早朝参拝に内宮へ向かいました。
内宮では、早朝ということもあるせいか、すがすがしい気持ちで参拝することができ、
お蔭様で体調も徐々に回復していったのでした。

支配人さんの説明に、
参拝はご利益を求めるためではなく、感謝のこころを捧げるものだ、というお話があり、
新鮮な気持ちになったものです。
また、内宮と外宮の参拝順序について、外宮を先に参拝ということにこだわる必要はない、
ご神体の遷宮はまず内宮から行われることになっており、
内宮と外宮とどちらが先でなければならないということはない、
というお話も印象的でした。
江戸時代まで、庶民は歩いてお伊勢参りをしたのだろうから、
京大坂方面から来れば、手前にある外宮から参拝し、その後奥にある内宮を参拝するのは道理であり、
それが慣習となったものと思います。
“外宮が先”の理由は、色々後付されているようですが……。

さて、このたびの神宮参拝について、台風のため多くの方が参拝できない中、
無事参拝できたことに、御縁を頂いたと思っています。
おかげ参りをいつにしようか……。

末筆ながら、稻田さん、小林さん、小山さん、横尾さんそして山澤さんありがとうございました。

(高見裕二)

宇治橋で記念写真。左から(敬称略)小山・小林・稻田・山澤・横尾・高見

宇治橋で記念写真。左から(敬称略)小山・小林・稻田・山澤・横尾・高見

伊勢神宮の式年遷宮が行なわれなくなったら、日本はなくなってしまうのでは……

台風18号が日本列島を襲い、京都の渡月橋付近では桂川の水が溢れて濁流に飲み込まれる様子が
テレビで報じられていた。
京都府・滋賀県・福井県では猛烈な雨が降り、各地に大きな傷跡を残した。
そのような中、交通機関の復旧を待って、私は内宮の神宮会館に出かけた。
仲間は、ニコニコと迎え入れてくれた。
美味しい料理と少しお酒をいただき、その夜は伊勢神宮のことについて語り合った。

翌朝6時30分の早朝参拝を神宮会館の支配人様にご案内いただいた。
懇切丁寧に伊勢神宮の歴史と参拝の作法を教えていただいた。
五十鈴川にかかる宇治橋の手前にある大鳥居の前で、お辞儀をする。
鳥居には、「ここからは結界で、清浄な神域です」という意味があるという。
これからは、幾度となく鳥居をくぐったが、
私たち全員が敬虔に立ち止まりお辞儀をした。

台風一過の見事なまでの清浄な空気と青空の中、玉砂利を歩む。
神域と周囲の山々と五十鈴川――なんと美しい景色であろうか。

支配人様の話によると、伊勢神宮は宗教ではないと言われた。
仏教伝来以前の日本の国に本来あった天地の恵み、
太陽・月・風・土・山・海・川・雨・水……など
自然そのものに感謝を捧げ、崇拝するものだと言う。
人々の生活そのものを
2000年を経た現代まで
20年毎の式年遷宮という行事を通じて
伝えていると話された。
2000年前の人々は、山に木を育て、海に塩を作り、田畑に作物を作り、
蚕を飼い、織物を織り、衣服を作る。
毎日の生活の中で天地の自然に感謝して、
神様に感謝の気持ちをささげる。
神職が毎日朝夕の神饌をささげるということは、
人として自然の行為のように思えてくる。
まさに伊勢神宮は宗教ではないという
支配人様の説明に頷く。

20年経過した苔むす社殿と
新たに新築した輝くように美しい社殿とが並んでいる。
10月2日の夜にクライマックスの遷宮の儀式が厳かに行われる。
神様が新しいお宮にお移りになると、
古い社殿は取り壊されて、地方の神社の社殿や宇治橋、鳥居などに生まれ変わるという。
壊して捨ててしまうのでなく、新たにリサイクルして、新しい命を注がれていく。

日本人が本来有する素朴な姿を伊勢神宮に見たような気持ちになった。
伊勢神宮の2000年来行なわれてきたこの営みが行なわれなくなったら、
日本はなくなってしまうのではと思えてくる。

とても印象に残る伊勢神宮早朝参拝であった。

(小山嘉治)

新しいお社も垣間見られました(17日朝、内宮にて)

新しいお社も垣間見られました(17日朝、内宮にて)

世界に誇るべき文化

式年遷宮は20年に一度。
この行事は、1300年も続いており、
平成25年の式年の準備は、8年前頃から山口祭に始まり(大木の伐採)、
30に及ぶ祭典行事が続きます。
そのひとつ「御白石持行事」には神宮近隣の人10万人と
全国からおよそ7~8万人が参加されたそうです。

この行事は宮社を恒久的な建物を造るのではなく、
あえて同じ物を造り替えるという形式により、
日本古来の伝統文化やその精神を次世代へ引き継いでゆき、
我が国独自の思想が反映された世界に誇るべき文化と言えると思います。

川の流れを利用して材料を曳き、
車を付けた台車を皆で引きます。
そうして20年ごとに新宮が生まれるのです。
この繰り返しは朽ちることなく永続する仕組の様です。

日本国の安泰がぐらついていると言われていますが、
この仕組に知恵をのせて安定した国になりたいものです。

(小林 繁)

神宮神田を訪ねた時には、こんな青空。稻田と小林さん

神宮神田を訪ねた時には、こんな青空。稻田と小林さん

日本文化の深淵

この度の伊勢神宮参拝は、
颱風に阻まれ一時は諦めかけておりましたが、
なんとか参拝させていただくことができ、幸甚の至りでございました。

早朝参拝のしづけさ、清清しさ、冴え渡る空気には緊張すら感じました。
五十鈴川のせせらぎや、玉砂利を踏みしめる音、葉擦れの音、柏手の音。すべてが新鮮に感じました。

この度新しく建てられた社殿の若々しい美しさと
役目を終えようとしている社殿の荘厳さとが並立している様も、
言い尽くせぬスケールの大きさ。
また、「常若」という意味を私なりに感ずることが出来ました。

神道が、仏教や儒教の様に能弁である必要がなく、
日本人が直感で感じることが出来る「真理」を包蔵してやまない
という一面が見られた様な気がいたしました。

神宮を参拝し、自給自足のお話、祭祀のお話などを聞くにつれ、
本来の日本の姿を垣間見ることができ、
伊勢神宮の存在の尊さ、日本文化の深淵、日本人としての矜恃を一挙に感得することが出来ました。
伊勢神宮について、日本の原点について今後深く学んでまいりたいと存じました。

この度はまことにありがとうございました。

(横尾桂一)

こんな巨木がたくさんあります。高見さんと横尾さん

こんな巨木がたくさんあります。高見さんと横尾さん