責任あるアベノミクスへの転換・進展に期待する | 再生日本21


責任あるアベノミクスへの転換・進展に期待する

本稿は、平成25年6月に書かれたもので、
『株と不動産はあと2年でやめなさい!』(浅井隆・第二海援隊)のP124-P137に収録されています。

平成25年12月8日の産経新聞「日曜経済講座」(田村秀男)の「アベノミクス1年」を読み、
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/131208/fnc13120810300004-n1.htm
そこに
「株高による巷の高揚感は東京・銀座の欧州製高級車店をブランド物で着飾ったセレブでにぎわせてるだけのようだ」
「円安は進むが、一向に輸出が伸びず、貿易収支赤字額が増え続けている」
「過去1年間ではっきりしたのは金融頼みの限界である」
などと書かれているのを見て、
正直「ようやくその認識に至ってくれましたか」という思いが湧きあげてき、
今一度、再生日本21のHPに本書の中から当該部分だけアップしようと思った次第です。

半年前に、この当たり前のことをきちんと論立てて指摘している本稿を是非お読みください。

 

アベノミクスで喜んでいるのは安倍バブルに乗っている者だけ
 私はここまで、黒田日銀の量的緩和は効果がないばかりか、「異次元」と呼ばれる異常な政策であるがゆえに、市場に異常事態を引き起こしていることを述べてきた。しかしそうは言っても、円安・株高が進み、GDPも成長に転じてきているではないかという声もある。そこで、次はそのあたりの実情について見ていこう。
 五月一六日に内閣府が発表した二〇一三年一~三月期の国内総生産(GDP)速報値は、前期比で実質〇.九%増となった。年率換算した数字「実質三.五%増」という表現が目立ち、アベノミクスにより高成長が実現したかのイメージが伝えられた。ここで一~三月期〇.九%増を実質GDP増への貢献を表す「寄与度」で見てみると、個人消費が〇.六%分を占めた。個人消費が最も牽引してGDP増を実現させているという数字だ。しかし、一般国民の実感としてはどうであろうか。そんなに景気が良くなってきている実感はあるだろうか。
 内閣府幹部は「押し上げの相当部分は株高による資産効果で説明できる」と言う。しかし、株高の恩恵を受けられるのは、一部の資産家・投資家に限られるであろう。我が国の家計の資産構成における株保有比率はおよそ七%。世帯で見ると、日銀の金融広報中央委員会が二人以上の世帯を対象に調べたところ、二〇一二年時点で株式を持つ世帯は全体の一五%に過ぎない。消費を拡大しているのは、「安倍バブル」に乗ったそうした一部の層に限られているのだ。
 安倍バブルの現状を見ていこう。「マネーの供給を増やせば、供給量に制約のあるものから値上がりし始める」。中前国際経済研究所の中前忠代表は、有名ゴルフ場の会員権のほか、優良地の不動産、絵画や年代物のワインなどを例に挙げる。三井不動産が昨秋発売した東京・千代田区の分譲マンションは、半数以上が「億ション」であったが、全戸四二六戸が四カ月で完売。同社は「アベノミクスの影響が都心を中心に広がっている」と歓迎する。野村不動産HDの中井加明三社長もこう述べる。「顕著なのは中古物件の仲介市場で、富裕層が積極的に買っている。これまで一戸五千万~八千万円が中心だったが、年明け以降、一億円前後の物件の仲介例が目立ってきた」。「都心の一戸一億七千万~一億八千万円という高額物件が成約するケースも出てきた」。しかし一方で、中井社長はこのように但書きを付ける。「ただ販売価格の上昇はなかなか難しい」。高額物件は動いているが、販売価格全体にまでは波及していないのである。
 高級ブランド品や宝飾品の売れ行きも好調だ。日本百貨店協会に加盟する全国八五社の一~三月期の売上高も、こういった高額品は前年同月比一〇・六%増。四月は昨年より日曜日が一日少ないこともあり、百貨店全体としては前年同月実績を下回った企業もあったが、宝飾品や高級ブランドは別。軒並み二ケタの伸びを見せた。「普段のお得意様ではなく、資産運用しているような顧客が高額品を購入している。ちょっとしたバブルが起きている」。大丸松坂屋百貨店を運営するJ・フロントリテイリングではこんな見立てをしている。同社でも一〇〇万円以上の美術品や宝飾品が売れ、同部門の売上高は前年同月比でなんと二七%増となった。

世界でも例を見ない異常なFX取引の膨張
 安倍バブルで膨らんでいるのはこうした従来型バブルばかりではない。外国為替証拠金(FX)取引もすさまじい。一般の読者にはあまり馴染みがない取引かもしれないが、実はこの取引をする日本の個人投資家は「ミセス・ワタナベ」と呼ばれ、国際的に名高い存在なのだ(かの英『エコノミスト』誌が名付けた。日本では普通の主婦がこういう取引をやっているという意味で名付けられた)。外国為替証拠金(FX)取引とは米ドルやユーロ、豪ドルなどの取引であるが、通常の外貨預金などと違って、少ない元手(証拠金)でその何十倍もの取引ができるというのがポイントだ。例えば一〇〇万円でその二五倍の二五〇〇万円もの取引ができる。当然ハイリスク・ハイリターンだ。例えば、証拠金一〇〇万円を入れて、一ドル=一〇〇円でドルを二五〇〇万円分買う。二五万ドルだ。その後円高が進み、一ドル=九六円になったとする。一〇〇円から九六円に。大した値動きではないと思われるかもしれない。しかし、二五万ドル×九六円=二四〇〇万円。二五〇〇万円からすると一〇〇万円のマイナスになる。つまり、元手の証拠金一〇〇万円は吹っ飛ぶのだ。
 こんなハイリスク・ハイリターンの取引であるが、我が国での拡大ぶりはすさまじいものがある。FX調査会社、フォレックス・マグネイト(本社イスラエル)によれば、二〇一三年一~三月期、日本の店頭FX会社の取引高は世界全体の五一%に達した。なんと世界シェアの半分以上を占めているのだ。売買代金もにわかには信じられないレベルに膨らんできている。二〇一三年四月、東証一部の株式売買代金は株高を受けて大きく伸びた。月間で七一兆円。それに対し、FX最大手GMOクリック証券の四月店頭FX売買代金はなんと八九兆円。一社で東証一部全体の売買代金を超えているのだ。ちなみに安倍晋三氏が自民党総裁に再任した二〇一二年九月のGMO社のFX月間売買代金は二二兆円であったから、半年強で四倍! すごい投機熱である。FX全体の預かり証拠金も一兆円の大台を超えた。消費を牽引しているのは株高長者だけではなく、間違いなくこうしたFX長者もいる。
 FXはただ取引高が増えているだけではない。当然、為替市場への影響力もはんぱではない。外為業務を営む銀行などが顧客企業から通貨交換の依頼を受けた注文のうち、FX会社からの分は半分を占める。一国の経済政策の中でも為替政策はグローバル化時代に極めて重要である。その為替市場を個人投機家たちの好き勝手にさせている国は、世界で日本以外にはない。

それでも伸びない設備投資
 安倍バブルに乗って一部で好調な個人消費に対し、設備投資は伸びない。一~三月期のGDP統計でも設備投資は〇.七%減と5四半期連続のマイナスとなり、底打ちには至っていない。三月の日銀短観でも、大企業製造業の一三年度投資計画は過去二年を下回る伸び率にとどまった。なぜなのだろうか。それへの答えとして、二〇一三年四月二五日に行なわれた三菱自動車の決算会見における益子修社長の言葉は、大いに参考になる。
 益子社長は「国内は二〇〇五年から人口の減少が始まっており、今後確実に人口が減っていく中で内需の拡大を期待するのは極めて難しい。日本での生産能力を増やすのは非常に難しい」と説明。さらに「これまで私どもは日本を含む先進国で生産をして新興国に車を供給するというビジネスモデルでやってきたが、その後、新興国で生産をして先進国にもっていくというビジネスモデルに移行した。実は次のステップにもう行くだろうと思っている。新興国で造った車を新興国に出していくという時代に間違いなく入っていくだろう」と指摘。その上で「そういう中で日本生産にこだわる、回帰するというのはちょっと考えにくい。日本は現在の生産水準をなんとか維持しながら、増産のチャンスがあった場合には海外でやりたい。これが消費地に近いところで生産するメリットを最大限享受できることだと思っている」と語った。
 非常に明快でわかりやすい説明である。これは三菱自動車だけの姿勢ではない。トヨタも日産もホンダも現地生産で北米やアジアの堅調な需要を取り組む動きを変えていない。しかも、この動きは自動車業界ばかりではない。日本経済新聞が二〇一三年三月二三日にまとめた「社長一〇〇人アンケート」(日本経済新聞社が国内主要企業の社長を対象に四半期ごとに実施)によれば、円高が修正されても海外生産の規模を「拡大する」とした回答が三二.四%にも及ぶ一方、逆に「縮小する」と答えた経営者はゼロだった。これら経営者の考え方には、明らかに共通のベースがある。縮む国内需要から伸びる海外需要に大きく舵を切っていく姿勢。そしてもう一つ。二〇一三年五月四日の日本経済新聞は、「日本勢、現地生産を加速」の見出しに「将来の為替リスクも緩和」という小見出しを付けて、こう述べている。「足元では円高が是正され、日産自動車が一部車種の北米への生産移管を一時延期するといった動きもあるが、将来の為替変動リスクを減らす狙いもあり、各社は現地生産の体制整備を急ぐ」。将来の為替リスク――確かに足元では一時的に円高が修正されて円安になっているが、そんなものは市場任せなのだからどうなるかはわからない。企業は、マネー任せ、市場任せの円安に浮かれてなどいないのである。
 ここで述べてきた企業の考え方には、多くの読者がうなずかれることと思う。ところがである。このような人口減が招く国内需要減を背景とした産業空洞化、設備投資減といった企業の動きをまったく無視する経済学者もいるのだ。その代表は量的緩和政策の教祖のごとく持ち上げられている浜田宏一イェール大学名誉教授。浜田氏はこう断言する。「人口をデフレに結びつけるのは、理論的にも実証的にも根拠のないものだ」。「経済の解剖学すなわち『国民所得会計』から見ても、生理学すなわち『金融論』から見ても、まったく的外れな議論だ」。「人口減はインフレの要因になってもデフレの要因にはならないというのが、経済学、経済の生理学から出てくる唯一の結論だ」。浜田氏はアメリカでノーベル経済学賞受賞学者に学び、高橋洋一嘉悦大学教授に言わせれば「ノーベル経済学賞に最も近いといわれる巨人」だそうで、相当高尚な研究をされているのかもしれない。しかし、上述した現場の企業経営者の発言から鑑みると、浜田氏の説くところは日本企業や日本経済の実態とはかけ離れているのではないだろうか。

投機家を喜ばせた金融緩和
 先に安倍晋三氏が自民党総裁に就任してからわずか半年強でFX売買代金が四倍強に膨らんだことについて述べた。改めてFX最大手であるGMOクリック証券の月間売買代金の推移を見てみると、二〇一二年一二月から二〇一三年一月にかけて急増しているのがわかる(三一兆円から六八兆円へ)。これはもちろん、「大胆な金融緩和」を掲げた第二次安倍政権発足を受けてのことであるが、ここに今流行りの量的緩和政策の性格が如実に表れている。と言うのは、この時点ではまだ日銀の政策は従来のままであるからだ。新たな量的緩和政策が実行されたわけではない。にもかかわらず、FX取引は急拡大し、円安・株高が進んでいった。なぜなのか。しばしば指摘されるが、今回の量的緩和政策のポイントは「期待」に働きかけるところにあるからである。つまり、まだ実行はされていなくても、金融緩和への「期待」が大いに醸し出されたことで、市場が動いて円安・株高が実現したのである。前述の浜田氏などの金融緩和派は、この動きを受けて「期待を通じての効果が大きい」。「正しい理論に基づく金融政策は有効なのである」と勝利の凱歌をあげた。
 しかし、既に見てきたとおり、大きく動いているのは投機マネーだけで、GDP増に貢献している個人消費増もマネーゲーマーたちの高額消費に依存している。企業は国内での設備投資には依然慎重なままだ。こうした状況を冷静に観察している識者もいる。例えば、三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査本部長の五十嵐敬喜氏だ。五十嵐氏は四月一九日付日本経済新聞夕刊紙上で「投機家を喜ばせた金融緩和」と題して、次のように述べている。「今回の金融緩和の主目的は『期待』を変化させることであるようだ。これまでの円安や株高進行はまさに狙い通りのように見えるが、緩和の『実行』ではなく『アナウンス』が相場を動かしてきたことは興味深い。マネーの実際の供給増加が不要だったことを意味するからだ。やや極論すれば、為替や株の相場を動かすのは思惑であってマネーではない。投機家に必要なのは緩和マネーではなく、売買のためのストーリーだ。(中略)真に目指すべきは、企業や家計の期待を変化させることだ。金融緩和が投機家を喜ばせるだけにとどまってはならない」。
 この五十嵐氏の指摘をさらに経済学的に説いている学者もいる。東大の吉川洋教授である。吉川教授は近著『デフレーション』の中で次のように述べている。「合理的期待それ自体が悪いのではない。『期待』は、株など資産市場や、原油をはじめとする一次産品の市場で、大きな役割を果たす。(中略)問題は、特定の『資産市場』に適用したとき有効であるかもしれない合理的期待の概念を、無批判に、マクロ経済――しかも(中略)そもそも期待が大きな役割を果たしているとは思えない労働市場、賃金――に適用したルーカスの理論にある」。「モデルの世界を離れて現実の経済を虚心坦懐にみるならば、デフレの下でインフレ期待を生み出すのが容易でない、ということは明らかである」。「資産の価格や一次産品の価格は『期待』、すなわち『思惑』で動く。(中略)対照的に、普通のモノやサービスの価格や賃金の決定においては、『期待』が入り込む余地はほとんどない」。

金融緩和は一時しのぎの「麻薬」でしかない
 「期待」が大きな役割を果たす資産市場と「期待」がほとんど意味をなさない実体経済。日本経済の現状を的確にとらえているのは、浜田氏ら量的緩和信奉者より吉川氏の方であろう。企業や家計の「期待」を変化させるために必要なのは、金融緩和によるマネージャブジャブ「期待」ではあるまい。人口減・需要減・高齢化・持続が危ぶまれる社会保障制度といった「不安」を解消する道筋を付けてくれる覚悟と責任ある政策。それこそが、企業や家計の「期待」を変化させるのだ。
 しかし、それを政治に期待するのは無理であろう。私の本の読者はご存知のように、我が国の借金はとめどなく増え続けている。それが止まらない最大にして根本的な要因は、社会保障制度である。社会保障制度は国民が既得権者になっているから、政治家はメスが入れられない。ここにメスを入れようとすれば、給付削減を訴えなければならないから、政治家はみな腰が引けて言えないのだ。この現状を見て前述の野口悠紀雄氏は言う。「社会保障制度の抜本的改革は、高齢化が進む日本の最大の課題であるにもかかわらず、総選挙でほとんど争点にならなかった。日本の政治家は、社会保障制度の改革なしには日本が存続できないという問題意識を持っていない。これは、驚くべき政治の貧困だ」。野口氏はこうも言う。「金融緩和は、問題を一時的に見えなくするための『麻薬』でしかない」。「われわれは、あらためて現実の深刻さを直視すべきだ。そうすれば、金融緩和で日本経済が活性化するなどという幻想は吹き飛ぶだろう」。