志の時代がやってくる | 再生日本21


志の時代がやってくる

藤原正彦さんという数学者が書いた『国家の品格』という本が大ベストセラーとなりました。彼の主張には行き過ぎのところもあり、すべてに共感できるわけではありませんが、非常にユニークで面白い本です。なぜこの本が注目されているかといえば、著者の藤原さんはこの本で儲けようとか、名を売ろうとかいうことでなく、日本を憂い、日本を良い国にするために、日本人に対して警告を与えたいという純粋な気持ちで書いたからだと思います。日本には今、”純粋”なものが少なくなってきています。だからこそ、純粋なものが求められていると思うのです。今、私たちに求められている純粋なもの、日本人が忘れてしまったものとは何でしょうか?

武士道精神の復活

現在、日本人の精神性が崩壊しつつあるという強い危機感が私たちにはあります。幕末から明治維新にかけての大変革の時代に日本人が持っていた「武士道」といった精神が、かなりの部分で失われてしまったことが大きいのではないでしょうか。そこで、私たちは「武士道の復活」ということを提唱したいと思います。
私たちがいう武士道とは、幕末における薩摩藩や長州藩などの志士たちのそれです。江戸幕府ができた頃は、まだ戦国時代の弱肉強食という部分が色濃く残っていました。それが三代将軍家光の時代にかけて国内に統治システムが構築されていく過程で、儒教や朱子学などを導入し、武士たちを精神的に洗練されたものにしていきました。
こうした武士道は、江戸など幕府の中心よりもむしろ、薩摩藩など辺境の地の下級武士たちにより深く浸透しました。やがて薩摩藩の武士道は、長州藩の吉田松陰などの思想とも連携しながら、倒幕への原動力になっていくのです。これを復活させること、すなわち「武士道ルネサンス」が日本の変革につながると思うのです。
武士道とは簡単にいえば、「潔さ」と「恥」という二つの言葉に集約されます。「恥を知れ」という言葉がありますが、恥とは裏返せばプライドということです。「私にはそんな恥ずかしいことはできない」というプライドです。それは「武士は食わねど高楊枝」という言葉にも表れています。昔の武士は、他人から恩を受けた場合、どんなに自分が苦しくても必ず恩を返したものです。それがプライドというものです。そして、プライドのためには命をかける、人に迷惑を掛けない、最悪は腹を切るということが武士道の根本精神だと思います。
武士道
いまはどうでしょう。耐震強度偽装事件、民主党の偽メール問題などを見ても、誰も自ら責任を取ろうとしません。マスコミや世論に追い詰められ、いよいよダメだとなってはじめて辞めるという体たらくです。潔さもなく、恥を知らないのです。
日本人がいま、一番に模範とすべきものは幕末の志士たちのあの潔さではないでしょうか。名誉もいらない、金もいらない、日本の将来のために命をかける、日本という国が欧米列強に侵略されるのは自分たちのプライドが許さないという迫力、凄みが彼らにはありました。
幕末に来日した大英帝国の外交官たちは、薩摩藩の西郷や大久保を見て驚きました。「東洋に来てこういう人間を見たのは初めてだ」というのです。西郷たちには「いつでも死ぬ覚悟はできている」という武士としての潔さ、凄みがあり、異国から来た彼らにもそれが伝わったのでしょう。大英帝国の外交官といえば、世界各国の人間を見ていますから、人物眼に長けていたのでしょう。「日本人恐るべし。この国は簡単に植民地にすることはできない」と悟ったわけです。一方で、彼らは幕府の役人には幻滅します。「何でもかんでもペコペコするばかり。まったく中国人と一緒だ」と。そして、大英帝国は薩摩藩に付き、倒幕の側に回り新しい日本をつくることを手伝ったわけです。
さらに、日本が戦後、奇跡的に復興し、ここまできた要因のひとつに「武士道」という精神的支柱があったことは否めません。日本は経済大国へと上りつめる過程で、外国から「エコノミック・アニマル」と批判されてきましたが、決してそうではありません。「人を騙さない。不正はしない。何かあれば責任を取る」という倫理観が多くの企業にありました。「極めて良質のものをつくり、それをなるべく安く提供する」という姿勢に徹したからこそ、海外に「メイド・イン・ジャパン」は受け入れられたのに違いありません。
ただ儲けるために、人を騙してかすめ取ろうというやり方は長続きしないと思います。松下幸之助や本田宗一郎をはじめ戦後の多くの企業家たちは武士道の精神を持っていたといえます。武士道の復活こそが日本を救うと私たちは考えています。
武士道2

人間としての最低限の資質を持つ

どんなによい政治体制、経済システムを作ってもそれを運用する人間がいい加減だったら意味がありません。やはり大切なのは人間の心です。だから、何よりも優秀な人材が求められるのです。
人材というと、一般にはビジネスにおける特定の分野の知識やノウハウを持ち、職務技能に長けた人間や経営能力に優れた人間をイメージしてしまいますが、私たちのいう人材はそういうものではありません。「この日本を建て直すことができる人間」という、もっと大きな意味での人材なのです。
そこで必要になってくるのは技術的なことだけではありません。技術や能力も大切な要素には違いありませんが、それよりも大切なのが人間の心そのものです。もう少し具体的にいえば「志と勇気」なのです。そして、その根底には思いやりやマナーなど、人間としての最低限の資質が必要です。特殊な技術や能力があっても、肝心の心が伴っていなければまったく意味がありません。
政治家、官僚、一部の経済人や医者など、いまの日本には反面教師はたくさんいますが、本当に模範となるべき人がいないのが現状です。幕末には、西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟、あるいは吉田松陰のように素晴らしいリーダーシップを発揮する人物がたくさんいました。おそらく、「この人のためなら命を投げ打ってもいい」といわしめるほどの大人物だったのでしょう。彼らには「金も要らなきゃ命も要らない、命を捨ててでもこの国の将来のために立ち上がろう」という気概がありました。
それがあったからこそ、明治維新という偉業が成し遂げられたのです。彼らをはじめ、新しい日本の夜明けの瞬間に立ち会えないことを承知で散っていった幕末の志士たちが、私たちのいまの生活つまり現代日本の礎を築いたのです。
武士道3

日本の改革は私塾が必要

これから日本を大変革し再生するためには、そのような人材を育成することが是非必要です。つまり教育です。「志」と「実行力」と「胆力」を併せ持った人材を育む正しい教育と良質な情報が求められます。吉田松陰の松下村塾のように、本当に志のある人間を育成するための私塾をつくり、そこから優秀な人材を輩出することが必要だとつくづく思います。志がなければ国の根幹は揺らぎます。
いまの日本の政治の枠組みの中から世の中を建て直す人間を輩出することはできないでしょう。明治維新もそうです。江戸幕府の内部にいた人間に明治維新は起こせませんでした。勝海舟は特異分子でしたが、勝海舟が明治維新を起こしたわけではなく、江戸城の無血開城をやったにすぎません。幕末に世の中を変革した人々は、藩校や幕府の昌平黌からではなく、ほとんど私塾から出てきたのです。いまも公教育から世の中を変革する人材は出てこないのではないかと思います。
現在の日本の教育の現状を見ますと、教科書は全部決められ、指導法は学習指導要領でがんじがらめです。そこには自由さとゆとりがありません。教育というのは、同じ教科書を使ってテープでも流すように同じ内容をやるものではなく、先生の個性でもってなされるものではないでしょうか。人徳など、何かその人から湧き出てくるものが教育には必要だと思います。
ですから、これから世の中を変えていくには、文部省の規制を受けない私塾を日本中にどんどんつくるのがよいと思います。寄り集まって皆で勉強するという私塾をつくり、そこで何か新しい流れをつくっていくのがよいのではないかと思います。
教育はテレビや機械がするものではなく、人間が行なうものです。言い換えれば、その人の人徳や人格が行なうものなのです。私は変に型にはまらず、いろいろな私塾ができればよいと思います。
そこでまず、私たち自らが「志塾」を作りたいと思います。そして、そこで何を期待しているかと言えば、そこで学んだ塾生たちが自分の私塾を創ってくれることです。子どもを教える私塾でもよいし、自分の社内のサラリーマンを集めて志を磨く私塾でもよい。何でもいいから、自分たちができることを広げていって欲しいのです。それが日本変革への力をどんどん増殖させることになるはずです。
武士道4

ネット新聞と私塾で日本を変えていく

また、私たちは日本を変革するためには「私塾」とともに「ネット新聞」も必要だと思います。インターネット新聞というのは、遠隔地にいてもいろんな人をネットワークで結んで行くことができます。インターネット新聞を読んだ人が私塾の塾生になったり、塾生だった人がインターネット新聞の市民記者になったり、そういう形を考えています。
韓国で一大ムーブメントとなった「オーマイニュース」の日本版が、いよいよ運用を開始します。「ライブドア」や「JANJAN」など、市民記者型のポータルサイトはすでにあるし、全国紙、地方紙もあわせれば、本当に多くの「ネット新聞」があります。韓国での成功パターンがそのまま通用するかは不明ですし、先行者や大手マスコミを真似る必要はありません。日本人の感性にあった、独自の方法を確立する必要があるのです。
そこで、まずはインターネット議会「ウィーモード」を立ち上げました。これはソーシャルネットワークサービス(SNS)を使った、いわばネット上の会議室です。匿名性を排除した市民記者や登録会員が集まり、記事を発信したり、活動報告をしたり、また、それをもとに議論を交わしたりする場です。日本各地に志を持った人はいます。実際に活動している人もいます。そんな各地の「人材」が、活発で建設的な議論を交わすことで、お互いを刺激し、高めあうような場にしたいと考えています。
その中で発信された記事、論文や議論の要約などから、特に優れたものを選び、インターネット新聞として発信する形を考えています。日々発生する事件、日常のニュースを追いかける記事ではありません。もっと大きな視点、長期的な視野で、日本の大方針を論じるような論説が中心です。ただ論じるだけでなく、政策提言という形で政府や省庁に提出し、それに対する意見、反論、具体的な行動などを定期的に報じます。同時に、市民独自の活動も支援します。無責任に語るだけではなく、実際に行動する新聞なのです。
いずれにせよ、従来の新聞のイメージとは大きく違うものになるでしょう。
武士道5

それぞれの志はやがて日本も変えていく

「草莽崛起(そうもうくっき)」。これは吉田松陰がいった言葉で、「身分を問わず、在野の志ある者たちが新しい時代を築くために立ち上がる」という意味です。この草莽崛起の精神が維新の大きな推進力となりました。現代風にいえば、「政府に頼らず、草の根的に自分たちでやっていこう」「下から掘り起こして、上も変えていこう」という発想でしょう。国や政府、政治家に期待していても何も始まりません。私たちが自らの手で変えていくしかないのです。
税金を投入してもらおうとか、誰かを頼ろうというのではなく、まったく新しい組織をつくり、私塾とネット新聞中心に自分たちの力で日本を変えていく。吉田松陰にならい、いまこそ草莽崛起の精神で私たち一人ひとりがこの国を変えていく必要があります。
もう一つ。「知行合一(ちこうごういつ)」という言葉があります。陽明学の教えのひとつで、知識と行動は一体であるべきとする考え方です。ある知識を得たら、それを活かし行動することによって、新たに知識や知恵を獲得できる。さらに行動し、また新たな知識や知恵を獲得する。そのような知識と行動のサイクルこそが重要だということです。これからの時代、「知行合一」の大切さを理解しそれを実践できる人材が求められています。

「志の時代」がやってくる!

現在の日本には、財政の危機的状況、治安の悪化、少子高齢化、若者の健康状態の悪化など問題が山積しています。こうした問題が数百年先に起きるのであれば、ゆっくり時間をかけて解決策を見出すということでもよいでしょう。
しかしながら、数十年以内、あるいは数年以内に解決しなければならない差し迫った問題ばかりではないでしょうか。私たちに残された時間はそれほどないのだという認識を持つことが必要です。
私たち日本人の精神性は、地に堕ちてしまいました。そのことを認識して自分たちの力でできるところから変えていかないといけない時期に来ていると考えます。日本という国の将来を創っていくのは他でもない、私たち一人ひとりの”志”にかかっているのです。

私たちは『志塾のススメ』という本を出版しました。日本を立て直すためにもう一度志を立てよう、そして幕末に人材を輩出した「松下村塾」のような「私塾」を日本中に創ろう、という内容になっています。是非多くの皆さまにお読みいただきたいのですが、ある意味では私たちにとってこの本はひとつの新しい試みでもあります。
浅井隆というと経済ジャーナリスト、資産運用の専門家といったようなイメージをお持ちだと思います。しかし、これらのイメージは浅井隆という人間のすべてではありません。いままでも端々には書いて参りましたが、「日本を良い国にしたい」という想いが根底にあり、原動力となっています。そういう想いから浅井は第二海援隊を立ち上げ、様々な情報発信をし、事業を行なってきました。
昨年7月、私たちは(株)再生日本21という会社を作りました。この会社で目指すのは「日本を改革し、再生する」ことです。日本を根本から変えるための「本物の事業」(金儲け主義によるビジネスとは違うもの)を”純粋”に追求していきたいと考えています。



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